2025年06月
馬の年齢は人より短い
風花とシルの最近
たまには自分のことでも書こうかな
昨日はボスが動画を作ってくれたこともあり、たくさん方からお祝いのメッセージをいただき、ありがとうございました!
自分自身の振り返りの機会なので、私自身について書いてみようと思います。
「六本木生まれ、六本木育ちが東京を離れて馬飼人になれるのか」
富山への移住を決めた時に、結構な人にこう言われました。
乗馬はボスの影響でしていたものの、裏方仕事はズブの素人。
今にして思えば馬のいい面しか知らずによくこの世界に飛び込めたなぁとつくづく感じています。
30歳手前で卵巣癌を患い、開腹するまで予後が悪いことが想定されていました。なので、到底叶いそうもない夢も口にしちゃえ、と思い、「いつか馬の牧場を作れたらいいよね」とボスとは話していたんです。
結局開腹手術をしたところ、転移もなくほどなくして日常生活に戻ることができました。
それからも馬は私たちの日常に常にいました。週末になると外乗へ出かけて、大事な馬もいたりして。
でも「牧場を作る」なんてことはすっかり忘れていたんです。
でも、やがてタイミングが訪れました。
そのタイミングをボスがキャッチし、友人たちの力を借りながら具体化してフロンティアが出来上がりました。
口にした時点でこうなる方向に進んでいたのかもしれませんね。
実際に富山に暮らしてみてどうだったかというと、ネオン街で育ったため灯りの少なさと夜の静けさが心配でしたが、あまりのハードワークに夜は爆睡でこの問題はなんなくクリア。
それよりも「馬ってこんな生き物だったの?」という驚きのほうが強烈でした。
とくに、当初はかなり野性味溢れるビバには手こずり生傷は絶えず、なので本気でビバがティーレックスに見えていた時期もありました。
馬が恐竜に見えるほど苦しんでいた時期は結構長かったんですが、これって「思うようにいかない」から苦しかったんですよね。
勝手に馬とはこういうものであるべき、と決めつけて、それに当てはまらないことに勝手に苦しんでいただけだったんだと思います。
そして敵うはずもないのに力で押さえつけようとしたり、強いふりをして見せたら、必死そのものでした。
それはビバも苦しみますよね。だから彼もまた必死に「そうじゃない!ちゃんとボクを見て!」と訴えていたようにも思えます。
それぞれのウマコの個性を見れるようになった今は、悩むことはあっても苦しいという気持ちはなくなりました。それに伴い、ビバがティーレックスに見えることもなくなりました。
そして、ウマコたちとは会話もずいぶんできるようになりました。
そんな毎日を送っていたらあっという間に9年が経っていました。
こんなに早い9年は初めてかもしれません。
実家の両親を思うと、どこでもドアがあればいいのに、と本気で思っています。
でもこれも私が選んだ道。だからせめて、その道がどれだけ豊かで幸せかをこれからも伝えていきたいと思います。
そんなこんなで新しい年の始まりです。
これからもどうぞよろしくお願いいたします!












